インコとドライブ


チャピ君がマイカーに同乗した。
離れがたし。
だってとっても大好きなんだもん♪

10年インコにはドライブはきつかったかな。
もしかしたら、このしがみつきようは嫌がっているのかもしれない。


脳が揺れるということ

毎週遠距離を往復して超ドラッギーな1か月を過ごした私。
すごく疲れることに気が付いた。


死ぬほどしんどいとは言わない。
でも、しんどい。
頭痛、ばたんきゅ、起きてられない現象が。


歯医者のせいか。
正確な日本語は「歯医者にかかっているせいか」というべきであるが。
そんなことはともかく。あげはしとりはともかく。

私は聞こえないためか、平衡感覚がいちじるしく弱い。
昔はまっすぐ歩けなかったし。
走ったらすぐコテンとこけてたし。カーブなんてとんでもなかった。
下り坂では制御がきかずすぐに転んだ。
自転車もなかなか乗れなかった。カーブで倒れてしまう。
スノボも左か右か、どちらか片方にしか曲がれない。
しょうがないので、止まるときはダイブしてこける。
電車も乗ると高熱をだし。車にのると吐き。

歩く訓練、走る訓練、自転車の訓練。
私にとっては生活のためになにもかもが訓練の人生でしたな。
それをあなた、体育の授業で、くるくる回って止まるという授業が
小学生の時にあってね・・・あれは大変最悪だった。
私はバターン!と倒れて、けいれんして動けなくなってしまったから。
今、その話をすると「聞こえない生徒に虐待じゃん!」と言われる。
当時はそんな意識もなかったんだろうね。
私はまっすぐ立っていられないどころか、頭から墜落して、制御不能に。
そこに「早く立ちなさい!」と怒られたりして。
イヤーな思い出があります。それくらい平衡感覚が悪いんだろうね。

プールでもまっすぐ泳げないし。それはフォームがわるいのか。
そうかもしれぬ。


階段もあまり階数がつづくと、くらっとするくらい。
それは単に上り下りの力がなくて息切れしているだけでは?
そうかもしれぬ。


あれもこれも、
そうかもしれぬ。
それもあるかもしれぬ。


でも、やっぱり脳みそが揺れることに弱いのかもしれない。
そんな風に思う昨今。
続けられるかなー。不安だわ。

口話読み取り

歯医者で超ドラッギーになってる今日の私は口話のよみとりが大変弱い。


手話のよみとり…ともいえるのだが、今日笑えたことは2つ。
「こだわる」という手話は「つかまる」とも読み取れる。
なので、「つかまる?」と読んでしまった。


なんでやねん。
この文脈でなんで「つかまる」やねん!


というツッコミを自他ともにしつつ。


つぎに、


「おすすめ」という手話だったかな。「栄養」って読み取ってしまった。
完全に、口話を読めていない。
口話を読めていたら、楽勝なのに。


まー、どうでもいいんだけど。
そういうわけで、そろそろ移動します。神奈川ばいばいー。


「心」を考える

心ってふしぎだ。
目に見えないけれど、ガラスのようなものだと思う。
じょうぶなようでいて、全然じょうぶじゃないというか。


こんな季節には、死に急ぐ人たちの心を考える。
人生、強制終了。
それを防ごうと運動している人たちがいる。


生きててナンになるのだろう、ってよく言う。
喜びよりも悲しみが。
信じたり信じられたりすることより裏切りが。
実際に多くあるのだろうと私は思う。


作用と反作用。
能動と受動。
言う人がいて、言われる人がいる。
傷つける人がいて、傷つく人がいる。


強い人がいて、弱い人がいる。
強いということは、「弱いこと」を想像するしかないのだから。
「強いこと」は、なんだかんだ言って、最強カードだったりする。


信じるとか、信じないとか、いろいろ言ってみて。
傷つくとか、傷つかないとか、いろいろ言ってみて。


私はあえてニュートラルな自分に持っていくことがある。
いつもじゃないけれど、そうできることがある。
自分をガードしてるようなものかな。
壊れないように、ガードしているのかもしれない。


ニュートラルとは、すなわち。可も不可もなく。
あなたがそこにいることは否定も肯定もしない。
あなたを信じるか信じないかは関心がない。
そんな心理状態になってしまうこと。
それはアパシー。apathy.


愛情の対義語はなんだろうって、ムカシ話し合った。
そんな話を熱っぽくするのが好きだった。


愛の対義語は、憎悪だという人が多いけれど。
私はそうじゃないという結論に至っていた。
愛の対義語は、そう、無関心。


私はときに、おそろしいほどにあっけなく、無関心の領域に達することができる。
そして、そのことを、いつもではなくて、ときには怖いと思う。


心ってなんだろう。
じょうぶなんだろうか、脆弱なんだろうか。
ツンとつつけば、倒れてガシャンと割れてしまうのだろうか。
それとも、無関心状態になることで、スライムのようにべったりと這い回るのだろうか。


変幻自在な心。
季節の変わり目に人生を強制終了する人たちが出てくることに、そう、いつもではなく、ときには、心が痛むのです。



白いバラ


帰り道に白いバラが一輪落ちていた。
花屋さんのバラだとわかる立派なものだった。丈長し、葉も高い位置につき。
たぶん、花束から落ちたのだろう。

置き去りにされてから時間がたっているのか、少しくたびれている。

拾い上げてペットボトルにさした。数日の寿命はのびるはず。

それにしても白いバラとは、珍しいなぁ。式にかざられた後の花かな。


Welcome to my blog
現在の閲覧者数:
Calendar
04 | 2012/05 | 06
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
Twitter
 
Profile *click my foto
Comments
Archive
New article
Contact me

名前:
メール:
件名:
本文:

Search
RSS
QR code
QR