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2010.05.23 Sun l diary l top
私はテレビを字幕(文字放送)で見ているのですが、見ているときに母親が話し掛けてきました。

それが手早い手話ならいいけど、まどろっこしい手話なので、ジッと口も見つめていないと理解できません。

一生懸命に手話を使ってくるので見るのですが、集中しなきゃなので字幕が読めず。

クイズ番組の答えが出る直前(CMの半ば)にいろいろ話し掛けられて、画面に視線を戻したらもう終わってました。

「なんで~聞こえてるんやから、あっ始まったよとか言ってくれたらいいのに?答えわかんなくなったやん?答えなんやったん?」

本人はテレビから音が聞こえてるので、手話をしながらでもどっちでも良かったみたいです。

「でも私は聞こえないんだから字幕見ている間は話し掛けないで!」

と言ってしまいました。

なんかこういうしょうもない、ちょっとしたことがストレスです。

内容も「この俳優さん、お昼のドラマでも見た、〇〇役だったよ、カッコイイね」とか。

手話でパッパッとやれば読み取れるのですが、じーっと見なきゃ私が分からないんで、テレビを見ながらということができないんです。

「あ、昼見た、見た」

「へえ~」

「ドラマあった」

「昼見た?」

「うん、〇〇役」

みたいに、手話と音声では切るところが違うというか。

字幕を見ながら話し掛けるコツっていうかマナーは必ずあります。

話し掛けるなと言った自分も嫌だなあという思いもあってストレスに。

うーむ、実にもどかしい。

2010.05.22 Sat l diary l コメント (0) トラックバック (0) l top
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2010.05.03 Mon l diary l top
最近つくづく思うことがある。 聞こえる人と出会うのは、ある意味とても新鮮だ。 活躍しているジャンルが違っていたら楽しいということもあるけれど、何より圧 倒的に言えることは、福祉とか、障害者運動とか、特別支援教育とかいう、「我 々の世界」にありがちな概念をとっぱらって生きている人が多い、からかもしれ ない。 でも、自分はどちら側の人間であるかを、常に検証していなくてはいけないのだ ろうかと、ふと思ったりすることがある。 「聞こえないワタシと聞こえるアナタは違うのだ」ということを肝にめいじるよ う教えられて育ったので、聞こえる人と出会うと、私の人生においてこの人とは どこまで深く関われるのだろうかという、不安というのか、一抹のやるせなさを 感じることがある。 それは、もしかしたら聞こえる人も同じ感情を抱くことがあるのかもしれない。 「私はろうにはなれない」 という発言をする人と何人か出会った。 そういう人たちは、えてして、「圧倒的に違うジャンル」ではなく、わりと近い 距離のところに存在していることが多い。 最近まで、私はそういう人に出会うと、不可解な思いをだいていた。 (そんなん、あたりまえやん!) 実際のところどうなのだろう。 感じることはまた同じなのかもしれない。 今度、そういう人に出会ったら聞いてみたいなぁと思う。 聞こえる人との距離感というのは、はかりしれない。 一抹の期待を抱いたり、防衛機制的な諦めの境地に立ったりと、いろいろたいへ んだ。 20代そこらですでに聞こえる人に多くを期待をしなくなったろう者たちを、た くさん見てきた。 ぶっちゃけ、「聴者は信用できない」とか「聴者の友だちは要らない」というふ うな発言に要約される。 たしかに、「聞こえる人には期待しない」と諦めた方が精神的に安定してラクで はある。 私もずいぶん、警告されてきた。 「あの人は聞こえる人やで、同じやないんやから」っていうふうにね。 本当にそうだと思いつつ、でも、私はこりずにやっぱり期待してしまうんだよなぁ。 前者は「無関心」とか「拒絶」と言ってもいいし、後者の期待するワタシの心理 は「依存」とか「幻想」と言ってもいいかもしれない。 そうした心理軸のバランスをどうコントロールしていくか、これまでの人生でず いぶん悩んできた。 歳をとることでちょっとずつ、バランスが見えてきたような気もするけれど、バ ランスが見えてきた、というよりは感情が平易化してきたという方がいっそ正確 かもしれないし、そこには多くの悲しみがあって喜びは少ないような気がしてな らない。 連休になって時間が取れた途端、そんなことを考え始めてしまった。 うーん、考えすぎるとウツになっちゃう。
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