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ぼんじゅーる、アビジャンからです。
いよいよ家を出て、ちがう地区のホテルに移動することになりました。
退去直前まで水は比較的よく出てくれました。
大掃除のある時期に快適な生活をすることができ、ホッとしています。


4月の最初から、退去のときの手間を考慮しての生活でした。
ベッドはスポンジマットレスのみ、机はこちらのレストランで見かける組み立て式のプラスチック、そして必須アイテムの貯水容器。
家電は最低限、冷蔵庫と扇風機、一口電気コンロだけ。


個人的に日本人の方や現地の友人らに呼びかけ、ほとんどのものを必要な人に、有償ながらお譲りすることができました。
スムーズなやりとり、ありがとうございました。


家を借りることは、いろんなストレスがありますね。
ホテルに移動してから、解放感にひたってます。
水もお湯も出る、停電しない、電気コンロと水道を同時に使えることに。


賃貸にあたり、コートジボワールのしきたりと慣習についていくつか記しておきます。


【コーションと言われる敷金】
高いです。
だいたい7ヶ月、8ヶ月分。
ちらしに家賃×数字があって、それが何ヶ月分の敷金という意味なんだそう。
外国人の契約者は、敷金を返してもらえないという話をたくさん聞きました。
外国人は、支援や開発の仕事を終えたら出ていくから、大家側は「返すから待ってね」と言い続けて、時間切れで返還しないことが多いとか。
あと、貯金の習慣や将来の見通しをもった計画が苦手な人が多いです。
良くも悪くも目の前にあるモノとキャッシュが強く、ニコニコ現金払いの世界だから、お金が入ったらぱ〜っと使っちゃう傾向があります。


【セキュリティ・安全面】
日本人、外国人、まとめてブラン(白人)は金持ちと見られてます。
悲しいかな、外国人は見るからに目立つので、しばしば襲われます。
セキュリティの頑丈なところは、門番つきとか門の鍵が多いとかで、とにかく家賃が跳ね上がります。
私たちの家も、門のドア、内門のドア、さらにフロアの鉄のドア、やっと部屋のドアと、4枚の扉があったんですよ。


【地区的な格差】
ココディ地区、プラトー地区は日本顔負けエリアです。
初発で見たのはココディで家賃が毎月26万円のマンションでした。
日本の公団住宅や市営住宅みたいなところで、広さも日本的なもの、それが130万フラン!?と友人ともども絶叫したのを覚えてます。
労働者階級のヨプゴン地区はセキュリティにより家賃はさまざま。
その次のやや危険ないし貧困エリアとされるアボボ地区は、さらに家賃が下がりますが停電や断水はヨプゴンよりひどいそう。


【あるある遅刻文化】
もう、文化認定します。
負けました、はい。
私には、むちゃくちゃストレスでした。
みんな、約束の時間通りに来ないんだもの。
4月の契約のときの待ち時間、過去ログ参照。
退去のときの修繕チェックに90分、敷金返還に90分待ちました。
それも、謝らないもんね。
これは日本なら、非常識に過ぎて社会的に抹殺されてるレベルですよ。
こういうことは学校がちゃんと教えないのかなって、学校も制度上は9月に始まるのに、全然始まらなくて10月になるみたいです。



それで、敷金ですね。
なんと戻ってきましたよ。
大家さん、ありがとうございます。


行動習慣のちがう日本人に貸して、不安なこともたくさんあったと思います。
近所からもあのブランはシノワ(中国人)かと興味津々、観察されてただろうし。
せめて、日本人に貸して良かったと思ってもらえるように、入居時(なんと部屋中が釘とセメント、タイルの破片だらけだった)よりキレイに掃除して、出てきました。
もう、そこは意地でも完ぺきに掃除して、磨いてきました。


地区は断水と停電以外は、わりと安全でよかったです。
毎朝のパンを買いに行ったり、洗濯を頼んだり、家の前で子どもがピーナッツを炒ったものを買ったりして、徐々に地区の人に見守られてるなって思えるようになったころに、終わるのは寂しさを感じます。


うん、終わりよければすべて良し!


解約の手続きのあと、近所のいつものガルバやさんで、おそらく最後のガルバを買って帰りました(まだいるから近くまで行けば買えますが)。
魚をこんなふうに揚げて(写真)、アティエケに乗せて、生唐辛子を刻んだものを掛けていただきます。


私の細胞の90%は、ガルバでできてます。 
ほんとうに、毎日、毎晩食べたからね。
一度だけ激しく当たって38度ギリ近く熱を出したけど、それ以外は安定のガルバでした。


ガルバ店のお兄ちゃんたちは皆ムスリムです。
一人でこわごわ買いに行ったときも、お客さんを含めて、良く対応してくれました。


お世話になりました、ヨプゴン・警察前の地区の皆さん。
ホテルの周りのご飯が合わなかったら、またガルバとフランスパンを買いに行きますね。

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2017.09.25 Mon l diary トラックバック (0) l top
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ぼんじゅーる、アビジャンからです。
初めてのお遣いならぬ、初めてのバス単独乗車のレポートをします。



結論からいうと


…行きは、できませんでした。



炎天下、待ちぼうけくらうこと80分。
バス来ない〜。
なぜだ〜。


その間、へんなおばさんに話しかけられ、スマホの角をトントンと触られました。
何言ってんだかわかんない。
携帯貸せ?かな? 嫌だよ。
金出せ?とでも? 嫌です。


乗り合いバンも来るのですが、降りたいところを細かく交渉できないので諦めざるを得ず。


そしたら、行き先不明のバスが来ました!
わっと並ぶ人たち。
どこ行きなんだろう。
先のおばさんも並んでました。
きちんとシャツを着ている30代の男の人がいたので、教育受けてるかな、文字読めるかな?と期待してスマホを見せました。
メモアプリに打ち込むと、「これじゃない、別のが回ってくるからそれ乗りな」と身ぶりでの答え。


せ ね ぱ とらんてぃ ××?
のん?のん?

 
違うみたいなので乗らずにいたら、運転手も「乗らないのか?」的に。
伝えられずにいると、「ん?聞こえないから乗ってきて」とのお達し。
いや、聞こえないのは私なのよ。


近くまで寄り「がーる すーど ぷらとー?」と伝えると「プラトー行きたいのか? これじゃない、×××(以下不明)」。
周りのおじさんに「回ってくるから日陰で待て」と言われたと理解し、引き下がりました。


結局、待ち合わせ時間ぎりぎりになるから、もうだめと自宅に引き返していたら、お目当てのバスがこれみよがしに横切っていっちゃうじゃないですか。


これは何かの呪い?
私はアビジャンで単独バス乗車の思い出も作れないと?
神様、どうして? 
激しく説明責任求めたい。


夫に来てもらってタクシーの交渉をしてもらいました。情けない。
指定された待ち合わせ場所へ。
この時点でメンタル凹みまくってます。


待ち合わせに指定されたのは、冷房のあるすてきなカフェ!
日本人の方としばしの癒やしと楽しい筆談の時間を満喫し、帰路につきました。
帰路は待つこと60分、何本か見送ってお目当てのバスに乗れました。


アジャメでバスの窓の外から手を伸ばしてきて、トントンとしてきた人がいました。
隣の女性が気をつけて!カバン引き寄せて!とジェスチャーしてくれたんですが、トントンの主はろうの友達でした。


友達  ねこ!?強盗多いのに一人で!?

ねこ  あんたこそ何してんね、乗りなよ

友達  家に帰るところだからバス違う

ねこ  残念だな、気をつけて!

友達  気をつけてよ、カバンちゃんと見て!

ねこ  メルシー♪


手話でやりとり。ほっこり。
おかげで、周りに私が聞こえないと伝えられたし、降りるとき発音が全く通じなかったけど、助けてもらえました。


去る日まで、バスに乗りまくろう!


2017.09.18 Mon l diary トラックバック (0) l top


ぼんじゅーる、アビジャンからです。


きょうは一歩前進のお知らせです。
疑問が山積みではあるものの、ひとまず、ふたりとも次の国のビザが取れました。

これで、予定どおりコートジボワールを出ることができます!


ビザを取るのが難しい、却下されることもあると聞いていただけに、感無量です。
また、コートジボワールからビザを申請するため、日本の書類が必要で日本の友人にかなり無理を言いました。
助けてくれて本当にありがとうございます。


5月に、コートジボワールの滞在許可証を申請。
このころはアビジャンで大規模な軍警察の銃撃があり。
夫は最強の熱帯熱マラリアの洗礼を受けました。


結局、私の滞在許可証が出たのは7月の半ば以降。
この間に最初のビザが切れました。


7月に入り、EUシェンゲン内のスイスへの出張同伴。
一度出ることで、ビザをリフレッシュしました。
ビザが切れるから、出ねばならなかったのです。


コートジボワールの役所から滞在許可証でリエントリー可能と言われていて、でもそれは嘘!でした。
出国してほんとうに良かったです。
そうでなけりゃ、コートジボワールのビザがないわけで滞在自体が違法になるところでした。
二回目のビザは、空港で取れるeビザです。


コートジボワールは問い合わせてもなかなか返事のない魑魅魍魎の国家体制で、役所も周りも滞在許可証があればビザは要らないと嘘ばかり、最終的には日本大使館の方々が頼りでした。


個人的には、最初に取った研究者ビザで最後まで延長したかったです。
最終学歴の証明まで英語で取り、お金も時間もかけて日本のコートジボワール大使館で申請したのに、最後は一番簡略なeビザで解決だなんて、悔しいです。


7月から、次の滞在国に向けて戸籍謄本、指定会社(日本)での法定翻訳、外務省の証明、コートジボワールまでの発送依頼、受け取り待機と、限られた時間で動きました。


私と同じぐらいの感覚の事務処理というかレスポンス能力のある人が担当してくれて、めちゃめちゃ快適な仕事をしていただきました。


料金は相場の倍したけれど、コミュニケーションが良かったのでイチオシです。
夜中の12時に起きてスタンバイ、日本とリアルタイムでメールしまくりました。


8月には、次の滞在予定国の大使館に面接の予約を取りました。
うんと先で面接は9月になると言われ、間に合わないのではと心配でした。


この間、次の滞在予定国の不動産情報をあさり、知り合いの先生に助けていただいて、実際に見もしないで部屋を契約しました。


ふたつの業者、ふたりの個人オーナーとやりとりをして、何十件も物件を見ました。
インターネット接続環境が悪いのに、写真をバンバン添付されて読み込めず、泣きそうでした。
ちなみに、ここのインターネットの接続料金は、日本より何倍も高いです。


先方の対応がずさんだったりで、なかなか決まりませんでしたが、最後の方とご縁があり、話をもらってから1分で即決しました。


これからは、着々と断捨離の作業に入ります。



→友達に分ける、教会に寄付する

家電
→必要な人に引き渡す

食器
→必要な人に分ける


引っ越し日や出国日は、治安上の問題でホテルに入るまで明かさないことにします。
引っ越しが決まったと触れて回ると、強盗に入られると、ここの人にも聞いたからです。


あとやり残したこと


・浴衣プロジェクト
→パーニュ(アフリカ布)を買う

・聴力検査体験
→地元の人が行く病院で聴力検査を受ける(経験として)


気がかりなこと

・家の明け渡し手続き
→家主が敷金返還に応じるかどうか
→ほぼ踏み倒しされるらしい


人格見せていただきますよ、大家さん!
あなたが私の対コートジボワールの評価になり、印象になりますよ。


正直言って、事ある度に、早く出たいと思いながら暮らしてきました。


銃撃もマラリアも催涙ガス弾も怖かったしストレスでした。
コートジボワール特有の慣習や女性への役割期待もストレスでした。
マダム(夫の名前)と言われるのもストレスでした。
ひとりで出歩くのが難しいこともストレスでした。
汲み置きの水に蠢く虫がわくのもストレスでした。


得たもの…正直、今はわかりません。



ひたすら疲れています。
後ろ向きなコメントでごめんなさい。



この国は、インフラ整備に慣れた外国人が暮らすには大変です、想像以上に。
途中で日本に帰ろうか、でも帰れないと何度も喚いてました。


あともう少し!


「発つ鳥あとを濁さず」です。


2017.09.17 Sun l diary トラックバック (0) l top
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ぼんじゅーる、催涙ガス騒ぎのあったアビジャンからです。
今日はこの国の平安を願って、ビサップというお茶にもなっているハイビスカスの花の写真を載せます。


次に滞在する国の大使館にビザの面接があったりして忙しかった今週、私たちの住む地区にある聾学校に催涙ガスが着弾するという「事件」がありました。
正確に言うと、聾学校がターゲットにされたのではなく、地元のヤクザのようなグループが本来のターゲットだったらしいです。


ことの経緯として、ムスリムの犠牲祭の3連休の週末に、警察官がヤクザグループに殺害されました。
それがいつなのかはっきりしないのですが、新聞発表では犠牲祭前日の木曜日、ほかの人の話では犠牲祭当日の金曜日、別の人の話では犠牲祭明けの土曜日となっていました。


そういえば、私たちが3連休明けにマルシェに買い出しに行くと、軍警察によって広範囲に簡素な屋台ごとすっ飛ばされていて、戦後か、ハリケーン通過後か、というほど、跡形もなくなくなっていました。
それがこの警察官の殺害と関係があるのかどうかはわかりませんが、4日の月曜日に、軍警察が手入れに入り、違法な闇市状態のマルシェを排除したということです。
軍警察自らがマルシェにいた市民を殴り、店を壊し、商品を略奪したりしたそうです。


7日の木曜日に友人と会う予定でしたが、都合で金曜日にしてほしいとのこと。
木曜日はそういうわけで延期になったので出かける予定ではなかったのですが、当日になり友人からわざわざ「地区が危険な状態になっているので絶対に近くに来てはいけない」と緊迫した連絡が来ました。


(行かないことになったのに)「何があったの?」と尋ねても、詳しい説明はありません。
金曜日はビザのために大使館から呼び出しがあったので、待合室で新聞を見ると…


「ガス銃」「100人逮捕」の見出しが!


ええええ! 何があったの!


簡単にまとめると、地区のヤクザが警官を殺したので、警察が報復に向かい、催涙ガス銃でなわばりを襲撃したということでした。
そのなわばりの範囲に聾学校があり、やたらめったら撃ち込んだ催涙ガス銃が聾学校の敷地に着弾!
幸か不幸か、始業が遅れている聾学校に子どもたちはいなかったものの、職員がいて大騒ぎで避難し、ドアを閉められるひとつの建物に逃げ込んだとのことでした。


友人  ここに着弾したんだよ!(指さし)

ねこ  えええ!

かめ  学校なのに!

友人  ねこたちが学校に来てなくて、神に感謝したよ!

ねこ  いやいや…(みんなのことが心配やん!)



聾学校周辺で働くろう者もいるので、話を聞いてきました。



ねこ  ガス撃ち込まれたって聞いたけど?

ガルバパパ  近所の聴学校にもガス銃撃ち込まれて、この道路にも飛んできた

ねこ  ええ、ここに?

パパ  そうだよ! しみて大変だった、レモンですぐ顔を洗った

ねこ  レモン?

パパ  そう、レモンを持っていると撃たれないんだ、お守りだよ



ポケットから小ぶりなレモンを取り出して見せてくれました。
一緒にいた別の人も、「内戦の時もレモンを持っていたら撃たれなかったんだよ。神様がレモンを持っている人を判別して、持っている人を守ってくれるんだ」と言っていたので、レモンはお守り替わりなのかもしれません。


午前中に警察の車両がどんどん到着して、ばーんと催涙ガス銃を打ちまくって、午後3時ぐらいまで混乱が続いていたそうです。
逮捕者も100名を越えたとのことで、トラックの荷台に詰め込まれて連れ去られました。
誤認逮捕もあるのではないかと思います。



友人  まだヤクザのリーダーが逮捕されていなくて

ねこ  えええ?

友人  あんたブランで目立つから、脅されたら持ち金出すんだよ

ねこ  あっ、はい

友人  出さないとサーベルで腕切られるよ

ねこ  出します、出します

友人  危ないからもう早くお帰り


いや、もう想像を超えていて分からん世界やわ。
そそくさと帰ってきました。
いつものバカ(乗り合いワゴン)に乗ったら、3倍以上の料金を請求されて「このシノワ(中国人)フランス語わからねえのか」と言われたそうです。
夫は「このジャポネはフランス語わかります(^^)」と切り返し、乗客から笑いが起き、そのままやり過ごすことができたとか。


人民の心が荒れてますねえ。
抑圧のあるところに、抑圧の連鎖ありです。


市民が自由に市を立てて、生計を立てることができますように。
無実の逮捕者がいたなら、無傷で釈放されますように。
そして、私たちは無事に残りの滞在期間を終えられますように。


こんな経験をいままでしたことないので、帰宅したら精神的に落ち込むし、(帰宅してからですが)うわーっと叫びたい気分。
滞在中、いろんな人が気にかけて守ってくれて、危ない時にはすぐ「外に出るな」と教えてくれて、おかげで混乱に巻き込まれずにきたことに感謝していますが、コートジボワールに住む人たちがこのような危機感や抑圧から永久に解放される日がくることを私は願いたいです。


ハイビスカスのように、明るく、よどみのない国に。
心から願っています。
2017.09.09 Sat l diary トラックバック (0) l top
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ぼんじゅーる、マルシェの強制排除があったアビジャンからです。
物悲しさを伝えたく、今日の写真はアビジャンの夕暮れの月をどうぞ。


ビザの書類準備を終えた午後、マルシェに食材を買い出しに出ました。
そしたら、いつものマルシェが跡形もなくなっていました。
こ、これはどこかで見たことのある光景です。


戦後の焼け野原の日本、みたいな。
アメリカのハリケーンの被害の跡、みたいな。



屋台は木で簡易的に作っているものが多いのですが、それらが全部ぐちゃぐちゃに倒されて、それなりになわばりを定めて整然としていた店がすべて、破壊されつくしていました。


ムスリムの犠牲祭で3連休だったのですが、明けた月曜日、軍警察が排除に動いたようです。
ここのやり方は問答無用なのです。
政治的に何か見せしめをしたいときにやるのか(どうかは知りませんが)必ず貧しい地区で排除してくるそうです。
ブラン(白人)が多い政治地区や居住地区では絶対にやりません。


言葉に表し尽くせない、悲しい光景でしたよ。
この国は内戦が終わったけれど、こんな一面がまだまだあるんだ。
かなりの広範囲で排除に動いたようで、殺伐としていて、危険を感じました。


かめ  危ない感じ。気をつけて、下手に話をしないでさっと行く
ねこ  おけです(;'∀')


写真…撮りたかったけど…そんなもの撮れません、怖くて。
強制排除は見世物じゃないんですから。


跡地には、憤懣やるかたない様子の人だかりができていました。
めちゃくちゃにされた後片付けをする女性たち。
文句を言い合う男性たち。
たくましくも、店を再開する女性たち。
今日は、マルシェでは何も買えませんでした。
お目当ての店がすっ飛んでいたからです。お店、再開するの待ってますね。


さて、今週は私たちにとってのイベント、ビザの大使館面接があります。
うまくいけば、来月にはコートジボワールを出ることになります。
(ここでは確定まで行き先の公表は控えます)


このビザの申請がなんというか、もううっとうしくて大変でした。
大使館が窓口なんですが、不親切きわまる対応です。
直接行って質問しようとすると、「質問は受け付けていない」。
「電話で」と言われましたが、聞こえない人はどうするんだ。


建物のエレベーターの下の看板にはメールアドレスもあって、問い合わせは電話とメールがあることがわかりました。
でも、この国でメールをして返事がくることは半永久的にありません。
電話も自動音声で「〇番を押してください」とアナウンスが流れるそうなのですが、その番号を押してもつながらないという悲劇が何度もあったそうです。
むちゃくちゃだなあ。


2時間、3時間とかけ続けて、やっと担当者とつながるも、答えの内容が
担当者によって毎回変わるんです。


原本が必要?
え? 前回の人そんなこと言ってなかった!



とか…


本国の役所の証明のハンコが必要?
え? 前回の人そんなこと言ってなかった!



とか…


困ったのは「原本の紙で届ける必要、添付ファイルは不可」というもの。
コートジボワールの郵便事情は最悪で、届かないことが多いのに。
そうした「原本」をこまごまと集めまくりました。


あとは、家の契約書も必要で、それがないとビザの申請ができないというのが痛かったです。
あるいは3か月だったかな、90日分のホテルの予約書でもいいのですが、1日1万円として、90日分で90万円!の前払いになってしまいます。


ということで、家の契約をしたかったのですが、これがむちゃくちゃ大変。
やっと見つけた寮みたいなところに落ち着こうとしたら、カード払い不可、現金一括で送金しろと言うんです。


私たち、今、コートジボワールにいるんですけど。
外貨送金、むちゃくちゃ大変なんですけど。
こっちのATMでコートジ通貨で引き出し→銀行でユーロに換金→送金、となるのですが、経済格差がありすぎで、公務員月収2万円の国ではATMで引き出せる上限があっという間に来てしまいます。


つまり、現実的に引き出し不可能。


それに、こちらの年収の何倍もする金額をATMでせっせと引き出してかき集めてたら、確実に強盗に遭いますよ。札束の厚さが違います。


結局、なんだかんだあって、結論から言うと、知り合いに紹介してもらって家を借りることができました。
支払いも到着してからでいいということでした。
すごく助かります。ありがとう、次の大家さん!!感謝!!


ビザについては、
次の地はコートジボワールと違って日本人の渡航が多く、申請経験者がインターネットに経験談をまとめて無料であげてくれています。
それらを参考に見ながら、確認していきました。


留学とかワーホリが多かったです。
私と同じ立場のビザを申請した人の体験談はほとんどなかったです。
(私は研究者の同行家族と言う立場)
祖国日本からの申請ではなく、コートジボワールからの申請例はゼロ。


私、レアケースなのかも??


後に続く人のために体験談を書こうかな。
でも、画像をたくさん上げないといけないから、移動してからにするね。
コートジでその作業(画像大量アップ)やったらネット破産しそうなので。


申請書類を見ているといろいろと失礼な質問がありました。


(口頭の、オーラルの)会話で理解できる言語
(声で)話せる言語


(  )は、その単語の意味を補完しています。
聞こえない立場としてはぐさぐさと突き刺さるものがあります。
でも、次の日よく確認したら、この項目は私は立場上答える必要がないということが判明しました。
しかし、聞こえない該当者が申し込むこともあるだろうし、機会を見て「この表現はよろしくないのでは?」と進言したいと思います。


とりあえず、面接を突破!してきたいと思います。
2017.09.05 Tue l diary トラックバック (0) l top


ぼんじゅーる、犠牲祭の三連休を迎えているアビジャンからです。
犠牲祭とはムスリムのラマダンあけ後、しばらくしてからのお祭りで、羊などのごちそうを食べると聞きました。
コートジボワールではキリスト教とイスラム教が共存していて、半々ぐらいです。
キリスト教のお祭りのときも、イスラム教のお祭りのときもともに国民の祝日となります。


街では多くの牛や羊が、この犠牲祭のために引き連れられて遠くの北の村からやってきました。
たまたま幹線道路で牛がいて、ゴミを漁っていたので、スマホを見るふりをしてパチリ。
ここでは公衆の場で写真撮影をするのは少し難しいのです。
怒る人が多くて、撮ってはいけないと言われます。
だから縦長になりました。
縦に持ったままでも横向きに撮影できたら、撮影するときのシャッター音も消せたらいいのになあ。


この直後に、実を言うと、夫婦喧嘩をして私が先に帰ってしまいました。
外国の治安の悪い地域で、ただでさえ目立つブランが手話で喧嘩してたら、ヤバいです。
付け狙われて襲われやすいというか、そういう意味で。
だから、切り上げないとどちらも危険に巻き込まれる…かもしれません。
そこは私がコントロールしなきゃならんところです。


でも帰宅してからすぐ仲直りしたんですけどね。
アビジャンではいつも一緒にいるので、他の人から見たら実に下らない喧嘩は多いです。


先に帰って待ってると、あとからガルバをおみやげに買ってから帰ってきてくれたので、仲良く昼ごはんとなりました。めでたし、めでたし。


翌日も水が出ているので、大型のものを洗濯し、すっきりしたところであとは自宅の前でのんびりです。
9月に入って月も新たになり、髪を切ろうかってことになり、臨時床屋になりました。


かめ  おいくらですか?

ねこ  ミルフランです

かめ  安っ、払う払う♪

ねこ  ブランの国に行くとサンクミルですよ

かめ  高っ! 


なんていつものアホな会話をして、まずは肩もみ。


かめ  その肩もみはミルフランに込み?

ねこ  まあまあ、いいから(笑)

かめ  込みなん?(笑)

ねこ  込み込みミルフラン(笑)


肩もみは緊張ほぐしの意味もあります。
前にカットしてて私が自分の指を切ってしまったこともあるので、顔や首を切られないか緊張してるんではないかと思うので。

今日はまあまあうまく出来ました。
本人許可を得て、後ろ姿登場です、じゃん♪





カミソリは怖いので、いつもは「この辺を剃って」みたいにお願いして自分でやってもらってますが、今日はさくっと私が剃りました。


夕方、ガルバを買いに行ったら、ガルバ屋さんはムスリムなので休みでした。
おお、ガルバ屋さんが休みって初めて見ましたよ。いつも平日も土日もやってるので。
アティエケだけを屋台のお店で買って、キャベツなどの野菜炒め+刻みオクラを入れたトマトソースを作って食べました。


料理中に体長1センチぐらいの羽根蟻が飛んできたので、ぺしっと包丁で叩きつけてシンクへ流しました。
こちらのアリは羽根がついてて飛ぶやつがいるのですよ。
もう一匹、7ミリぐらいの緑の虫も飛んできたので、これは皿ですくって水にとり、シンクに流しました。
虫嫌いの私ですが、最近はこれぐらいは自分で処理をやってます。
これ以上大きいのは、相変わらず夫を呼びますが。


明日あたり、どこかに出ようかと思います。
とは言え、マルシェに買い物か、レストランに入るかしかやることないので、自宅カフェで十分なのです。
食事も自宅で作らないとお腹を壊すし。


美味しいコーヒーを入れて、のんびり。
幹線道路の流れをながめながら、風にふかれて勉強したり、唯一軽いツイッターを見たり、ぼーっとしたり。そんな時間がいちばん。


犠牲祭にあたり、大使館から注意喚起のあったテロもなく平穏に終えられそうです。
コートジボワール、おやすみなさい。
明日も水が出るといいな。
2017.09.02 Sat l diary トラックバック (0) l top
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