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ぼんじゅーる、アビジャンからです。
今日の写真は、ジャックヴィルというアビジャンから90分ほど車を走らせたところにあるビーチでいただいたヤシの実です!
最高においしくて、1個まるまるいただいてしまいました。
なたで殻を切ってくれるのは、男性の役割です。
海は、冷たくて気持ちよかったです。世界中で海は共通!
サーフィンなどのマリンスポーツをする人がいないので、みんなのびのびと泳いだり、水をかけあったりして遊んでいました。
日本の4月では考えられないぐらい真っ黒に日焼けしました。

さて、コートジボワールに来てほぼ3週間が過ぎ、生活面で見て思ったことをつらつらと書いてみようかなと思います。
日中は本当に暑いので、ごろごろとしているのがいちばん。
そうでないと熱中症になってしまいそうです。
到着してから数日、一気に熱帯に放り込まれた私が苦しんだのも、この熱中症に近い症状だったのではないでしょうか。
数日は脳が煮えている感じで、クーラーの効くホテルに帰るとばたーんと倒れていました。
動くのは早朝とか夕方が大丈夫な感じで、街中のマーケットも夕方4時や5時ぐらいか活発になっています。

物価はそんなに安いとは思いません。
格差社会の月収はそれぞれだと思いますが、夫婦とも公務員の共働きで、月収合わせて4~5万円ぐらいだとして計算しても、それで毎日500円ほども食材を買うのは苦しいのではないでしょうか。
ヨプゴン地区でも不動産は安くて60,000セファ(12,000円)ぐらいはするようですし、これで給料の30%の家賃が相当だとする日本でよく言われる『公式』に当てはまります。

私みたいに毎日アボカドサンドばかりを食べているなら、アボカドは200セファ(40円)、フランスパンは150~200セファ(30円~40円)と安いので、これで3日ぐらいもちます。
ただ、調味料関係はマヨネーズが1500セファ(300円)、コショウが1800セファ(360円)と高いのです。
アルミホイルやサランラップも、冷房の効いたスーパーに行けばあるのですが、値段を見ると日本より高いぐらいで、ちょっとした高級品です。

ハムやソーセージは日本でイメージするようなきちんとしたものは見当たらなくて、食べません。
肉や魚は売られていますが冷蔵されていなくて、暑い日差しの中、パラソルなどの屋根で覆っているとはいえ、一日中暑い空気に触れている状態で、衛生的に気になります。

青空バーはいたるところにあって、店の前のバラック小屋では、魚、鶏や牛、羊の肉を炭火で焼いて売ってます。
鶏が一羽3000セファ(600円)、牛や羊が2000セファ(400円)ぐらいです。
材料が新鮮であれば、家で焼くより絶対こちらのほうがおいしいでしょう。

ホテル暮らしのころ外食していて盛大におなかをぶっ壊していました。
冷蔵しないで店頭に並べてあるものを注文が来てから焼くのならまだしも(鮮度確認ができる)、すでに焼かれたものの場合、できあがってからどのぐらい時間がたっているか分からないので、腐りかけボーダーラインのものも食べてしまったかもしれません。

一番の問題はやはり水で、みんな給水計画を気にして暮らしています。
夜中にしか水が来ないので、2時や3時に起きてまで水を汲んでいます。
地域によって格差があるみたいで、そういう意味ではプラトーやココディのようなお金持ちの地区にはりっぱな貯水槽があって断水はないのでしょう。
聾学校の先生や職員の話によると、水が来る地域と来ない地域の格差は恐ろしいものがあると言えます。

ろう者の労働状況も、あまりよくないようです。
聞こえる人の間の格差がすごいので、ろう者まで回ってきてないのもわかるのですが。
友人いわく、ろう者の多くは仕事をしていなく、仕事がなければ結婚もできません。
家族が多いほうが良いとするアフリカ社会で、ここでずっと独身というのは社会的なステータスがより不利ということになります。
先日の教会の集まりでも結婚と言うテーマでワークショップがあったのですが、結婚というステータスを手に入れているのは聞こえる人や、ろう者の中でもフランス語の力が高くて声で話せる人だけでした。

そして、日本と同じように一般社会にいる、ろう者の多くは声では話せません。
もごもごとしたフランス語は出てきているみたいですが、聞こえる人にはっきり通じるように話せる人は、そんなに多くないです。
ある程度理解のある聞こえる人と『対等に』声で議論できるフランス語力を持っているろう者は、私の知る限りこのヨプゴン地区には数人しかいないです。
そして、そのうちの一人は、小学生ぐらいまでは聞こえていて病気で聞こえなくなったので、もともと第一言語が音声言語だからしゃべれるのは当たり前という前提があって、たぐいまれな能力があるというわけではありません。

口話の『能力』を備えた人が、ろう者社会のリーダーになるのは過渡期として理解できるものの、なんだか寂しいと感じる場面を多く見てきました。
ろう者の多くは、聞こえる人に遠慮して暮らしているような雰囲気が伝わってきます。
聞こえる人の善意はときに抑圧になり、指導という形をとりがちだということを多くのろう者は知っていますが、社会的な力が絶大なあまり逆らえないのです。

生活全体では、クリスチャンのろう者なら毎週日曜日にお祈りし、教会組織の中の障害者部門の集まりに参加し、社会全体の中で手話通訳があるのは教会だけと言っても過言ではないので、それ以外に楽しみがないように感じました。

どこかに行けば交通費などお金がかかるので、ろう学校か教会に行くという感じです。
放課後や週末のろう学校のグラウンドでは、男のたちが集まってサッカーをしています。

聾学校は小学部までしかないので、中学校以上は一般の学校に行かなくてはいけません。
一般の学校にいく場合に手話通訳をつけようという運動をしていて、実践されているのですが、すべての授業についているわけではありません。
小学校でも進級するには試験があって、聞こえる人はほとんど合格するのですが、聞こえない人はフランス語の力がなかなか厳しいという話も聞きました。

また、児童労働の実態もあって、まだ9歳や10歳ぐらいの子が家の商売(ストリートの売り子さん)や家事(洗濯や育児)を手伝っていたりして、落ち着いて涼しい環境で勉強できるとは思えません。

先日、たまたま聾学校に「お金持ち」地域の聞こえる女子高校生が寄付をしにチャーターしたバスでやってきた場面に出会いました。
その子たちの様子を見ているとほんとうに「お嬢様」。
身なりがきれいで(余裕のある象徴)、にこにこしていて(余裕のある象徴)、チャーターされたバスも日本の観光バス並みで、ヨプゴン地区では絶対に見かけることのない素敵なバスでした。
友人が「こんにちは」「ありがとう」などの手話を教えると笑顔で素直に応じていて、そこには無気力や無関心、怒り、疲れなどの感情は読み取れず、普通に日本の高校生と変わらないんだなぁという印象を受けました。
労働者階級で厳しい生活をしているヨプゴン地区の人と、「お金持ち」地区の人の生活は全然違うんだと感じました。

はるばる日本からコートジボワールにやってきて、きれいな地区ばかり見て帰る人もいると聞きます。
たった3週間の暮らしですが、私の中に、だんだんとよどんでくるものがあります。
給水制限が厳しく、来た瞬間に貯水や洗濯を最優先すべきプレッシャー、常に怒鳴りあっている街中、疲れた人びとの顔、手洗いの洗濯などの家事から解放されない女性たち。


ここの労働者階級の人たちにとって、特にろう者にとって「夢」ってなんだろう。
「夢」とは自分が生きていくための希望。
がんばる価値がある「希望」があり、「夢」に近づくための門戸は開かれているのでしょうか。


たった3週間だけれども、私にとって三度目の西アフリカに来て思うことは、だんだんと物欲が減ってきていることです。
短期滞在した一度目と二度目も、実はそうでした。
帰路の機内食の合成調味料の味に吐き気がし食べることができず、帰国した後も日本のぶよぶよした鶏肉に吐き気がし(鶏肉は引き締まって硬いのがこちらの感覚)、良くも悪くもオーガニック・アフリカ!を懐かしんでいました。
すべての欲望が『減退』し、水道の水がいつも出る日本の環境をぼんやりと傍観している第二の自分がいるような感じでした。
リバウンドするまで1か月ほどかかったのを覚えています。

すべてはバランスだから、私の中の『欲望』が減るにしたがって、代わりに何かが生まれているはず。
それは自分で見えないものかもしれないから、少しずつ書き溜めていきたいなと思っています。




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2017.04.29 Sat l diary トラックバック (0) l top

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